北野邦生戯曲集「脱走」他12篇より(追憶:一幕)・・・一部公開

北野邦生作:  追憶(一幕)

 

登場人物 

  彼(二十三歳の男)
  高校の恩師たち(映像)

 

一九六三年初秋の夜。
東京は山手線添いの街。
彼の住んでいるアパートの一室。

 

電車、タクシー、そして救急車のサイレンの音が絶え間なく聞こえる。
四畳半ほどの部屋は、暗くて誰も居ない。
カーテンの隙間から街のネオンがかすかに見える。
部屋の外に足音がすると、ドアが開いて彼が入ってくる。
天井から吊るされた蛍光灯の紐を引っ張ると、蛍光灯は、時間を掛けて部屋を照らす。
部屋は綺麗に整頓されており、乱れてはいないがどことなく殺風景で寂しい。
家具調度品は事務机と大きな本棚。
部屋の一方には押入がある。
部屋の一角に、テープレコーダー、ギターがある。
小さな屑籠には、書き損じの原稿用紙のようなものが丸められて詰め込まれてある。
彼は窓を開けると、「ふうーっ」と息を吐く。
やがて彼は、タオルを肩に引っ掛けて、部屋を出ようとする。
ふと、ドアの内側に投げ込まれた茶封筒の手紙に気付く。

 

彼:A県立Y高等学校から? 何だろう。同窓会でもあるのかな? 

 

彼は開封して、一枚の紙を取り出して読む。
椅子に戻って腰掛けると、遠い昔を思い出すかのように宙を見つめる。

 

彼:もう創立二十周年になるのか、もうそんなになるんだなあ。自分が卒業してから、五年経ってるんだなあ。五年間という長い間、卒業しっぱなし、世話になりっぱなしで、母校や、母校の先生方に葉書一枚書かないでしまってたなあ。恥ずかしい、全く恥ずかしい。母校からはこうして、卒業生の一人として覚えてくれていて、創立二十周年記念学校誌への寄稿依頼状を送ってくれていると言うのに、全くなんてざまだ。

 

彼は両手で顔を覆ったまま机に両肘をつく。
夜も更けて、街の騒音はいつの間にか遠退いている。
彼はふと、何か思いついたように立ち上がると、押入を開けて一冊のアルバムを取り出してくる。
そのアルバムを机の上に置くと、まるで、とてつもなく高価な宝石にでも触るかのような手つきで、そっと表紙を開ける。
どこからともなく、Y高校の校歌が聞こえてくる。