北野邦生戯曲集「脱走」他12篇 -12- (昭和お伽噺:一幕)・・・一部公開

 北野邦生作     昭和お伽噺  一幕

登場人物
  スリの男
  スリの女
  高砂の女
  屑屋の女
  巡  査

 

時は、昭和二十年代半ば。
所は、或る田舎町の公園。
公園の中央には、朽ちかけたベンチが一つ置かれている。
公園は小高い丘になっていて、崖になっているところは、丸太を横につないだ柵が巡らされている。
夕焼け空が真っ赤に照り映えていて、虫の声が聞こえる。
一瞬、虫の声が止むと、日雇い労働者風の男が一人、こそこそと現れる。ポケットに何かを入れてあるらしく、周りを確かめながら、それを取り出す。

 

スリの男:へへへへ、あのアベックめ、財布をすられたのも知らずに、今頃二人で、熱ーい熱いキッスでもしてることだろうて。へへ、こちとらはこちとらで、ほほっ、聖徳太子様とキッスと来らあ。どれどれ、今日の出来高は? あれっ! なんじゃいこりゃ? 只の紙切れじゃないか。おや? 何か書いてある。なに?「僕の愛する花子さん」って、なんじゃこりゃ、ラブレター? 畜生! やられた! とほほほ、十円玉が一つだけ? ええーい、いまいましい!

 

男は、手に持っている財布を、ベンチに叩きつける。
突然聞こえてくる子どもの激しい泣き声。
男は逃げ出すが、すぐに戻ってくる。
暫く周りを窺うが、泣き声が止まない。
男は、おそるおそる泣き声のするベンチに近づいていく。

 

スリの男:なんだ、赤ん坊だけじゃないかい。びっくりさせやがる。しかし、こんなところに赤ん坊を置いて、今頃何をしてるんだろう?おかしな親もあるもんだ。おい、ぼうず、お前のお母ちゃんはどこにいるんだい? お父ちゃんも、一緒なのかい? おや、こんどは、笑ってるじゃないか。ぼうずに聞いてみたって、しょうがないな。だが、どうも、このへんには居ねえようだな。

 

男は、辺りを見回しながら、赤ん坊のそばにあるハンドバックを手に取る。